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語り部の棲む郷
瀬尾憲正

昭和23年5月3日 憲法記念日に香川県高松市に生まれ。父は憲法を守るような立派なヒトになってほしいとの気持ちから、「憲正」と命名した?。小学校のとき、二階から階段を踏み外し、頭を強く打ち、それをきっかけに学力がみるみる向上。中学校は主席で卒業。高校入学後、法学部を目指したが、高校2年の時にテレビで「ベンケーシー」という脳神経外科医の連続番組を見て、突如「医者」に変更。その後、京都大学医学部に入学。卒業後、医師の国家試験もパスした。バレーボール部の部長であった麻酔科教授を頼りに、麻酔科に入局し、現在まで麻酔科医を続けている。
これまで、神戸市立中央市民病院、京都大学付属病因、自治医科大学付属大宮医療センター勤務を経て、現在は自治医科大学麻酔科学・集中医療医学講座の主任を務めている。
 趣味は身体を痛めること、数年前まではトライアスロンに凝っていた。今は週1ー2回程度のジョギングでお茶を濁している。モットーは「考える前に飛べ!」で、なにせじっくり考えるのが苦手である。





 私はこの山本に移り住んでほぼ2年になります。山本地区の一番奥で、それより先は大郷戸ダムしかなく、人家はありません。どの程度、人里はなれたところかと言いますと、夜は月夜でないと真っ暗で、聞こえる音は川の流れと風の音だけです。また、クモ、カメムシ、スズメバチ、へび、もぐら、その他諸々が毎朝挨拶をしてくれます。電気と水道は来ていますが、プロパンガスです。テレビは映りが悪く、携帯電話はもちろん通じません。この前カーナビで来ようとした友だちはカーナビの地図では我が家がはっきりせず、とんでもないところへ行ってしまいました。

 なぜここに住むと決めたのかとよく聞かれます。なぜこんな不便なところにわざわざ好き好んで住んでいるのかが不思議なのでしょう。

 もう3年程前のことだと思います。益子町でギャラリーとカフェを開いて定期的にコンサートも開催していらっしゃるご夫婦がたまたま我々夫婦が京都に住んでいた頃の友人の知り合いということでお尋ねしたところ、自分達が住みたいと思っているところがあると紹介していただきました。家内と二人でその場所へ車で行きました。

 ごく普通の田舎の風景、田んぼがあって、ビニールハウスがところどころにあって、農家がぽつんぽつんと建っていました。その田んぼの真ん中をずーっと走り抜けて突き当たりを曲がって山沿いの道を更に進むと、鄙びた木造校舎のお蕎麦屋さんがありました。そこを過ぎてさらに奥へ進むと山の腹に小さなログハウス風の建物がみつかりました。

 ひっそりとした佇まいで周りの木々の中に溶け込んでいました。これが我が家との最初の出会いでした。

 なんにもない物静かなところだと思って2年前に移り住んできました。ところがとんでもない素晴らしいところだったのです。

 大げさかもしれませんが、失われていく日本の伝統を語り継ぐ部が大勢集まっていました。太々神楽、お囃子、歌舞伎舞台の伝統芸能、太鼓など、他の田舎ではいつの間にか消えていってしまったものが守られてそして次の代へと大切に伝えられています。なにかと寄り合いが多いいのですが、最後は酒を飲んで大いに食べて口角を飛ばす語り部になります。そしてわいわいと騒がしい中を子供達が走り回っています。ここでは子供達は皆の宝です。どこの家の子供でも悪いことをしていると誰かが注意します。良いことをしていれば誰でも褒めています。古き良き日本がここには残っています。

 私の仕事は生き物を扱う仕事です。でも、畜産農家ではありません。皆さんだけにこっそり教えます。実は私はあなた方を桃源郷に送り迎えする仕事をしています。あなた方の意識を失わせたり戻したり、息をとめたり戻したり、血圧を上げたり下げたり、手術が安全に間違いなく行われるように麻酔科医という職業を生業としています。

 毎日がストレスの連続です。高齢者、未熟児、瀕死の患者さんは麻酔をかけただけで心臓が止まりそうになることがあります。妊婦さんの手術ではお腹の赤ちゃんのことも考えなければいけません。心臓手術は心臓を止めて手術するので、きちんとした手順を術者や看護婦さん達とチームワーク良く行わなければできません。「痛い!」「苦しい」、という患者さんの声なき声を血圧や心拍数やその他のモニターから推し測って、先手先手を打って対処しなければいけません。本当に気を遣う骨の折れる仕事で、夕方になると濡れ雑巾のようにくたくたになります。

 山本の人達は、最初から私たちを暖かく迎え入れてくれました。その厚意に甘えて、今では、もう何代もずーと前から住んでいるような厚かましい顔をしています。この山本にいるとなにかほっとします。私はひっそりとしたなんの変哲もないような田舎の風景の中で、多くの語り部が熱っぽく語りその周りを子供達が走り回っているこの山本が気に入っています。

 だから、戦場のような仕事場からぐったりとして疲れ果てて帰ってきても、朝にはすっかり元気になって、毎日片道30kmほどの道程を朝星夜星でせっせと車で通っています。


 
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